第三回 トリュフ、トルッフル、松の露 前篇
十一月の中旬、サンパウロのアウラージョから電話がかかってきた。
午前五時。仕事が一段落し、私がほっとする時間帯である。アロー、と聞
いただけで声の主は分かっていたが、私は矢継ぎ早に、景気はどうだ、新大
統領の政策はどうだと質問を重ねた。夜っぴて机の前で孤独な仕事を続けて
いたので、私は饒舌になっていた。
ところで、と彼は本題を切り出した。いつもなら来伯しているはずだが、
今年は音沙汰がない、一体、くるのか、こないのか。
行くよ、必ず、と私は答えた。行かない自分なんて、そんなの考えられ
ん!
すると、アウラージョは、声に力をこめて言った。手に入ったんだよ、飛
び切り上等のブランコが。そうか、矢張りきてくれるか、だったらセニョー
ルのために、使わずにとって置くから。
「OK。ぼくの方からも頼むよ。必ず、とっておいて」
私は頭を下げた。胸の内が明るくなった。
彼、アウラージョは、サンパウロの中では並ぶものがない超高級イタリア
レストラン、『ファザーノ』のフロアマネージャーである。付合い始めて十
五年以上も経つし、滞在中、特別の客としてもてなしてくれる。
ブランコは、白。つまり、白トリュフが入荷したと報らせてくれたのだ。
ファザーノでは十月と十一月、白トリュフをメニューに加え、トリュフ祭
りを行うのだが、材料の入手が難しくなるので、十二月にずれこむことは滅
多にない。
トリュフは、フォアグラ、キャビアに並び、世界三大珍味の一つに数えら
れているぐらいだから、入手し難いし、高価でもある。因みに、現在のサン
パウロでの料理の値段を記すなら、ポルキロというセルフサービスの店で腹
いっぱい食べたとして、安い所だったら二ドル。日本料理店のカレーライス
が五ドルぐらい。ファザーノの白トリュフのリゾットはそれだけで百七十ド
ルはする。
ブラジルの友人たちは、そんなに高価なものを何故食べるのだと言うけれ
ども、私はパリやローマに比べれば、むしろ安いと思っている。
何年も前、私はイタリアとフランスでトリュフの取材をしたが、帰る日に
なって、日本で待つ女房に、本物の味を土産にしたいと思った。花のパリ。
マドレーヌ寺院を正面に見て、右手にかの有名な『フォーション』、左手に
『メゾン・ド・トリュフ』がある。そこで、小さな白トリュフを二つ購入し
たが、なんと日本円で二十万円以上した。
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