第二回 ついに食べた、巨魚の刺身 後編
イヌイットなどと違い、南に住む人たちが生肉を食べないのは、先祖から
受け継がれてきた食文化だと思う。北極などでは、肉を生で食べても寄生虫
病にかかる確率は低いけれど、南だと、危険度は高くなる。
危ないのは知っているけれど、ここはそれナンマイダ、である。アーメン
であり、オンマニペメフム。
醤油につけ、舌の上。なめらかだ。舌と同質のものが口の中に侵入した感
じ。
噛んだ。じわりと肉汁が出てきた。カモやキジの刺身? いや、どこか違
うぞ。そうだ、かつて仙台で食べたイノシシの刺身。
部分に大トロが存在した。
私が刺身をたんのうしていると、まわりは次第に騒がしくなった。一人が
肉塊を切取り、枝に刺して火にかざした。一人は、フライパンを持出し、ス
テーキ風に仕上げ始めた。
焼いたピラルクは、戻りガツオそっくりだった。ステーキにしたものは、
ガーリックをたっぷり吸い込み、上質の魚料理になっていた。私は食べ過ぎ
て、最後のひと口が呑みこめず、草の上にもどしてしまった。
ワニの刺身。百キロ以上の大ナマズの刺身。それはどんなものだろうと、
私はジャングルの中で舌なめずりをしていた。
料理を任せてくれと私は言った。ヒグマやシマウマ、バッファローなどを
解剖してきたのだから、処理には自信があった。
脊からナイフを入れようとした。刃がすべって、一ミリとして刺さらなか
った。
ティモが笑った。ノン、ノン。イムポシーヴェル。そう言い、山刀、マチ
ェテで、ピラルクの脊をリズミカルに叩いた。すると、ウロコが四方に散っ
た。女性用の小さな名刺の大きさ。表面には突起が密集し、かつてこのウロ
コは、マニキュアのやすりとして使用されたりした。
ピラルクのウロコは、硬く、そして重なりあい、錐さえ通さぬ仕組になっ
ているのである。この硬さだったら、ピラニアだって遠慮するだろう。
ウロコを叩きはがした。ナイフを突き立てる。意外や意外、今度は、何の
抵抗もなく、すっと肉に突入した。腹部切開の時みたいに、ナイフを手前に
一気に引いた。
肉が開いた。私は、思わず、あっと声を出していた。赤くて、その中に、
白い線が走っていた。それは、魚の肉の感じではなかった。開いた部分だけ
を見せるとすると、誰もが、牛肉だというだろう。
肉を切り取り、ナイフで刺身にした。
ブラジル人たちは、ノン、ノンケーロと言った。インディオのティモさえ
だ。彼らは、生肉を好まない。
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