連載 ムツゴロウの「食べて幸せ」

 

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第十三回 御三家、キング、レッド、シルバー 前篇

 食べて、食べて、食べる。それも同じものを腹はち切れるまで。
乱暴に聞こえるかもしれないが、それは味を究めるための大切な条件のひ
とつだと思う。近世のヨーロッパのグルメたちは、飽食を重ね、さらに口に
指を突っ込んで吐き、食卓へと戻ったという。そういうくだりを本で読んだ
時には、何とまあ意地汚いと思ったものだが、飽食のむこうに、とんでもな
い新しい味覚の世界があったのである。若い頃、私はそれを意識しないで過
ごしている。
 酒でもそうだった。二十歳台の後半、私はつぶれるまで飲んでいたが、日
本酒だと一升を過ぎてからの美味しさは格別だった。酒を含んで、飲む込む
必要がない感じだった。酒がイオンとなって、勝手にむこうから口腔粘膜に
しみこんできた。
 私は青山に東京事務所を持って三十年以上経つが、静かだった通りはいま
やファッショナブルになり、しゃれたイタリアンレストランが次から次にオー
プンした。そんな店に寄ってみると、美味しいと評判の食材が各種取り揃え
て散りばめられていて、小指の先くらいの食材が心細そうにへばりついてい
る。私は、魚を釣る際、ハリにつける餌を思い浮かべたりしたものだ。もち
ろん、このような店へは二度と行かない。
 北海道に住むほどに、漁師の友だちが増えた。ほうりこまれるサケも千差
万別であり、美味しいサケを見わける目が出来てきた。第一のチェックポイ
ントは、横幅である。背から腹にかけての幅が広いほど、脂がのっていて肉
に滋味が詰まっていた。
 最大のサケ、マスノスケも自分で一本丸ごと買い、徹底的に料理してみ
た。ハーブでマリネしておき、オーブンで焼くと、美味しさはシロザケの比
ではなかった。
 やがて私は、根室に通うようになった。サケマス漁船をテーマにした『無
頼の船』という小説を書く取材のためだったが、当然、網元とも親しくな
り、ベニザケやギンザケの美味しさを知った。
 私は、この美しい魚に惚れ、その全種類を釣ってみたいという野望を持
ち、できたら、敷地の中をサケがのぼる川が流れるところに越したいと思っ
た。
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ムツゴロウの「食べて幸せ」は月刊「健康医学」(健康医学社発行)に連載しています。

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