連載 ムツゴロウの「食べて幸せ」

 

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第十二回 クジラ、そしてサケの王 後篇

 なかなか箸をとらない私を眺め、女将は澄まし顔で言った。
「とにかく召し上がってください。美味しいものは別腹と申します。どなた
も、これは余分だ、もう入らないよとおっしゃいますが、結局食べていただ
けるんですよ」
 それが、新鮮なキングサーモンとの、初めての出会いだった。
 北海道の浜では、スケと呼ばれている、サケマス属の中でもっとも大きな
魚である。正式にはマスノスケ。英語ではキングサーモン。
 北海道で普通に川にのぼってくるのは、シロザケだ。彼らは初秋、産卵の
ために岸の近くへやってきて、それぞれ生まれ故郷の川を目指すのだが、そ
れまでだって海の中で生活しているわけであり、海流にのって回遊しながら
生活している。北洋漁業で沖まで行って獲るものがそれである。もちろん北
海道の沖にもサケが通る道があり、そこで獲れるものは、時知らず、と呼ば
れている。漁師たちは、略して、トキ、と言う。
 トキと普通のサケは、厳格に区別されている。トキは、食べて肥るための
道を泳いでいる。他にも条件があるが、とにかく餌であるプランクトンが多
い海が回遊路になっているのだ。ところが川にのぼる魚は、餌の多さを条件
の一つにして道を選ぶわけにはいかない。加えて体の中の代謝を、塩水型か
ら淡水型に切り替えねばならないし、メスは、卵を大きくするために貯えた
養分を使わねばならない。
 だから、サケとして最も味がいいのは、時知らず、トキである。その群れ
に、マスノスケが混じっていて、定置網で、一日に五本とか六本の割合で獲
れるのである。
 眼前の海で獲れるそのスケを、ざっくり料理したものが『気晴らし』の一品だ
った。
 食べた。森の味がした。木の葉のかおりだけが口の中を漂う感じだった。
 三口めあたりかでサケの味になった。どこか遠くで、おういここだぞとサケ
が叫んでいる。
 腹の最下部を調理してあるので、切り取る部分によって味が変わってい
た。私はゆっくり、しかしペースを崩さずに食べていった。これを、しゅく
しゅくに、と言うのだろうなと思うと、笑いがこみあげてきた。
 ここで、初めての経験をした。いつもの私の食事量から比べれば、はるか
に多いものを詰めこんでいた。しかし、入っていくし、自分自身が変化して
いるのが分かった。飽食によって味を感じる細胞が押し広げられている感じ
だった。グルメとはこんなものなのか、きっとそうだと私は、背筋を正し
た。つまみ食いをするのではなく、一つのものをたらふく食べる。その先に
あるものが、グルメ!
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ムツゴロウの「食べて幸せ」は月刊「健康医学」(健康医学社発行)に連載しています。

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