第十一回 サケの味は平均値 前篇
漁師が投げ込んでくれるサケは、十五キロほど離れた漁場で獲れるもので
あり、新鮮この上もなかった。魚体は銀色に輝き、傷ひとつなく、完璧な美
しさである。サケはまた長距離ランナーだから、見事な流線型をしていた。
自然はすごい、一点非の打ちどころがない完成された美だ、と私は感動し
た。
板の上に乗せ、背から尾へと一気に開く。ピンクの身がはじけるように現
われ、内部がまた、目を見張る機能美の集積だった。
もちろん、胃や腸などの内臓もある。いわゆるキモ、肝臓だってついてい
る。それを除いていくと、腹腔の奥に、俗にメフンと呼ばれる腎臓が貼りつ
いている。
私が気合を入れて魚をさばいていると、女房が必ずといっていいほど後
ろに立ち、笑いながらのたまう。
「どう見たって、あなたのは腑分けね。料理というより、解剖の手つき」
何度、そう笑われたことか。
魚は内臓が美味しいのだが、内臓は足が速く、急速に腐敗が進行するの
で、新鮮な材料でのみ食用が可能になる。
サケでは、メフンが特に変質しやすい。これが一片でも残っていると、保
存する場合、腐って悪臭が肉にまわってしまう。遠洋航海でサケをどっさり
獲る際には、メフンを除去するためにだけ、乗組員の手が必要である。一尾
だけでも不完全だと、積み上げたまわりのサケ、数十尾が臭くて売りものに
ならなくなってしまうのだ。
漁師たちは、先が曲がった、耳かきの親分みたいな金属の棒を使う。これ
をメフンかきと呼んでいる。そして、除かれたものは塩の中に放りこまれ、
メフンの塩辛となる。
これが珍味である。むろん、ご飯のおかずにはもってこいだ。
私はメフンがあると、たとえばパスタのソースを作る時など、アンチョビ
の代わりにメフンをひとつ使用する。ガーリックをいため、変色する寸前に
メフンを入れ、押しつけてほぐす。こうして作ったトマトソースには、深み
が加わる。
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