連載 ムツゴロウの「食べて幸せ」

 

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第一回 淡水魚の王、ピラルク 後編

 マスコミで仕事をしていると、小さなナイフを体に突き刺されるような質
問を浴びせられる。いわく、あなたのように動物を愛する人が、どうして動
物を食べられるのですか、などなど。それは、人間の、教養というフィルタ
ーを通していない、生の、思いつきの問いかけだ。私は、自然や動物を深く
愛しているからだと答えるしかなかった。
 私が食べることに熱中し始めるのには、ある転機が必要だった。二十代の
後半から、私は胃の病変に苦しみ始め、がまんして付き合っていると、大量
の吐血をするようになった。
 負けてたまるかと、医者にも行かず、必死で頑張った。でも、ついには倒
れ、癌と共に胃袋を除去されてしまった。
 手術後、許されて、初めて米粒を口に入れた瞬間を、私は忘れることがで
きない。それは甘く、切なく、しみじみと、口腔粘膜にしみこんできた。米
って、こんなにも美味しかったのかと私は仰天した。と同時に、病変を胃に
持ったままの十余年、何を食べても砂を噛むようだったことを思い出した。
 生きているのは素晴らしい。食べることは、何という歓びなんだ。食べも
のは、すべて生きもの。命をいただいて、その命が自分に溶けこんでいる。
他の命と同化するのが、食べるという作業ではないだろうか。
 以後、心して食卓につくようになった。第二の人生を神にいただいたと思
い、残された人生、全力投球で食べることに向かいあおうと決心したのであ
る。
 大河のほとりに座し、巨魚を念じて道化と化す。自分らしくていいじゃな
いかと、私はカンラ、カラカラと笑った。
 でも、口惜しかったのは、案内人との意思の疎通がうまくいかなかったこ
とだ。私は更なる勉強の必要性を感じていた。
 無駄な釣行の翌日、マナウスの川辺にある魚専門のレストランに行った。
古びた、木のテラス。赤いストライプが入ったテーブルクロス。大河が足も
とを流れ、その向こうは、ゆったり流れる水の世界。ブラジルの青い空が水
に溶けこんでいる。
 メニューに、アサード・デ・ピラルク、焼いたピラルクを発見し、早速、
注文した。
 運ばれた料理は、これまた巨大だった。肉の大きさは、週刊誌大。それに、
ねっとりした黄色のソースがかけられていた。
 勇躍、切り取ってひと口。
「これは何だい。何だい、これは!」
 川魚の味ではなかった。脂がのった戻りガツオ。寒ブリの照り焼き。
 コイやナマズの面影は、かけらもなかった。美味しいし、異質の世界、私
にとっては未知の世界が広がっていた。
 ウエイターがやってきて言った。ここは川のほとりだけど、ピラルクの肉
は高くて、牛肉の倍以上するんですよ、と。
 いつの日にかと、私は心に誓った。こいつの刺身を食べてやろう。
タイトルメニュー第二回 ついに食べた、巨魚の刺身 前編


ムツゴロウの「食べて幸せ」は月刊「健康医学」(健康医学社発行)に連載しています。

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